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AIで成果が上がる。そのとき、人は育っているか。

成果物の質が上がることと、人の力が育つことは、同じではない。
Kani Thoughts|カニ・ムニダサ Code Chrysalis 共同創業者・CEO

アプリをつくり始める前に、まず受講者自身に決めてもらうことがありました。何をつくるか、です。

野村総合研究所(NRI)向けのある企業研修では、チームごとに、つくるアプリを自分たちで決めました。4〜5人でそれぞれのアイデアを出し、その良さを伝え、別の提案にも耳を傾け、一つの方向を選ぶ。そして、自分の案が選ばれなかった人も含めて、全員でそのアプリをつくる。

そうして開発を進めたところで、チーム同士でアプリを交換しました。

同じ課題を別々に解いたものではありません。別のチームが、自分たちで選び、設計し、開発した、まったく違う
アプリです。

今度は、自分たちが決めたわけではない設計を理解し、自分たちが書いていないコードを読み、自分たちが選んだわけではないプロダクトの開発を進める。

僕たちは、二度、オーナーシップを求めていました。まず、自分の希望と違っても、チームの決定を引き受ける。
次に、他のチームがつくったものを、自分たちの仕事として引き受ける。

2021年のインタビューで、受講した岡島さんは、整理しきれていないものを他のチームに渡す申し訳なさと、他の
人が書いたコードや設計を仲間と読み解く楽しさを話してくれました。また、研修全体を振り返り、知らない技術でも避けずにドキュメントを読み、触って学ぶハードルが下がったと語っています。

選ぶ。意見をぶつける。決まったことに責任を持つ。状況が変わったら対応する。こうした力の育成を、別の
コミュニケーション研修だけに任せたわけではありません。仕事を前に進めるために、使わなければならない力
として組み込んでいました。

2026年9月29日、厚生労働省が「令和8年版 労働経済の分析」(労働経済白書)を公表しました。AIによって事業環境が刻々と変わるなかで、論理的思考力、批判的思考力、コミュニケーション能力など、特定の業務にとどまらず応用できる「メタスキル」の重要性が高まる可能性を指摘しています。

この研修を設計した当時、僕たちは「メタスキル」という言葉を使っていませんでした。でも、その背景にある問いには、10年近く向き合ってきました。

解き方を教わっていない問題にも向き合える人を、どう育てるか。


「デモが動いた」の先にある問い

Hamsa Bastaniらが2025年にPNASで発表した研究では、トルコの高校生1,000人近くを対象に、数学の学習でAIを使う実験が行われました。ChatGPTに似たAIを使ったグループは、練習中の成績がよくなりました。ところが、AIなしで受けた試験の得点は、AIなしで練習したグループより17%低かったのです。一方、学習を導くよう設計されたAIチューターを使ったグループでは、AIなしで練習したグループとの間に、その試験で統計的に有意な差は認められませんでした。

これは高校の数学の研究で、職場の研修を調べたものではありません。それでも、AIに投資する企業にとって、見過ごせない問いがあります。

仕事の成果がよくなっているのか。それとも、働く人の力が伸びているのか。

理想は、両方です。でも、一方が起きれば、もう一方も起きているとは限りません。

研修の修了や完成したアプリだけを見ていたら、その違いはわかりません。デモが動けば、何かを動かせたことは
わかる。でも、その先に起きることまで、チームが責任を持って対応できるとは限らない。

大切なのは、AIなしですべての作業を再現できるかどうかではありません。出てきた結果を判断できるか。前提を
疑えるか。条件が変わったら対応できるか。どこまで信頼し、どこから確かめる必要があるのかを、チームが
わかっているか。

ここに、高性能な道具を手に入れることと、組織の力を育てることの差があります。


決めることも、カリキュラムの一部

Yan Fanと僕がCode Chrysalis(CC)を始めたとき、育てたかったのは、ソフトウェアエンジニアリングをリード
できる人でした。技術力だけでなく、コミュニケーション、自律性、共感力を、最初から一緒に考えていました。

2018年4月にYanが紹介したCATEは、その組み合わせです。Communication、Autonomy、Technical、Empathy。今は、こうした力の多くをPower Skills(パワースキル)と呼んでいます。言葉は変わりましたが、目指してきたものは
変わっていません。

NRIの研修でも、全チームに同じ仕様を渡し、意見が割れたら講師が決め、最後まで自分たちのアプリだけを開発
してもらうことはできました。運営は、そのほうが簡単だったでしょう。でも、それでは経験してほしかったことを、いくつも取り除いてしまいます。

意見の衝突も、引き継ぎも、カリキュラムを邪魔する出来事ではありません。それ自体が、カリキュラムの一部
でした。

これが、CCのアンドラゴジー、つまり成人学習の設計思想です。技術を学ぶ実践の中に、判断、協働、
フィードバック、振り返りを組み込む。人としての力を、別の科目に切り離さない。個々の手法を発明したのは僕たちではありません。それらをどう組み合わせ、日本の受講者や企業に合う学びとして磨いていくか。そこが、僕たちの仕事です。

インストラクターは、何を説明し、何を問いかけ、いつ介入するかを判断します。受講者には自分で決める余地が
必要です。同時に、わからないと言える安心と、前に進むための支援も必要です。

こうした学びの設計をカリキュラムにどう落とし込んでいるかは、Erikoの記事で詳しく紹介しています。

僕たち自身も、設計を変えてきました。初期のブートキャンプは平日の時間が長く、土曜日にも半日、授業が
ありました。受講者に疲れがたまりすぎているとわかり、時間を短縮しました。それでも、成果は維持できた。
変えたのは、目指すものではなく、学ぶための条件でした。

学びを偶然には任せない。でも、考えて決める余地は、受講者に残す。


AIが学びの場に入ると、何が変わるか

大切にする考え方は変わらなくても、学び方は変え続けなければなりません。

以前の記事でも書いたように、CCではAIに合わせて、すでに教え方や評価の仕方を変えています。コーディングを
担うAIエージェントと働くための、新しいカリキュラムも開発しています。昨日のカリキュラムに依存する人を
育てていたら、僕たちが育てたい力と矛盾してしまいます。

カリキュラムの研究では、開発が速くなることの意味も問い直しています。CCでその研究に携わるSoichiroは、8月の記事でダッシュボードの例を挙げました。顧客から「ダッシュボードが欲しい」と言われる。でも、本当の問題は
データ更新の遅さかもしれない。部署ごとに指標の定義が違うことかもしれない。誰が決めるのかが曖昧なこと
かもしれない。ダッシュボードを速くつくっても、それらは解決しません。

だから僕は、AIを使う学びの中でこそ、チームがどう判断したかを見たい。AIでつくった試作品を見せてもらうなら、動くデモだけではなく、どの仮説を検証し、ユーザーから何を学び、その結果、何を変えたのかを知りたいと
思っています。つくったばかりのものを、手放す判断も含めてです。

AIは選択肢を出すことも、知らないコードを理解することも、実験することも助けてくれます。それを、解く価値のある問題につなげる人は必要です。

昔の作業をすべて人間に残すことが目的ではありません。何に取り組むべきかを考え、AIとともに仕事を進め、その結果を引き受けられる人を育てることが目的です。


力が育ったか、何を見ればわかるのか

最終発表だけでは、そこまで見えません。

CCでは早くから、エンジニアとしての成長段階を整理した指標を使っていました。受講者とインストラクターが
定期的に話し、技術面だけでなく、仕事の進め方や人との関わり方も振り返る。そして、成長の記録と次の目標を
残す。2018年の記事でも紹介している取り組みです。

見るのは、性格のラベルではなく、具体的な行動です。「もっと主体性が必要」と言われても、何を変えればいいのかわからない。最初のやり方がうまくいかなかったあと、指示を待っていた。その行動がわかれば、次にどう動くかを、本人と講師で考えられます。

企業が人の成長を見るなら、僕は三つの問いをつなげたいと思っています。

その仕事を、実際にできるか。

完成したプロダクト、分析、判断を見ます。その中で、一人ひとりが何を担ったかも見る。チームがすばらしい
アプリをつくれても、全員が同じ力を身につけたとは限りません。成果物は、一人ひとりの力を知るための出発点
です。

条件が変わっても、対応できるか。

CCで、JavaScriptの return を十分に理解できずにいた受講者がいました。ところが、演習の答えは合っていた。
インストラクターは、その命令を外したらどうなるか、2行上に移したらどうなるかを聞きました。

正しく解けたことは、一つの手がかりです。講師が確かめたかったのは、条件が変わったときの考え方でした。
アプリの交換も、同じ問いをさらに広げています。前にうまくいった手順を繰り返すだけでは進めない、知らない
仕事をどう進めるか。

その力は、職場でも発揮されているか。

別の2021年のインタビューで、NRIの塩川さんは、研修を終えて現場に戻ったメンバーの動きが変わったと
話しています。技術的な課題に出会うと、まず試して、自分で理解しようとする。自主性に、目に見える違いを
感じたということでした。

これは、受講者本人の「楽しかった」という感想だけではなく、職場で周囲が見た変化です。研修中の姿、新しい
課題への対応、職場での行動。この三つを重ねると、成長がずっと具体的に見えてきます。

修了証でわかるのは、研修を終えたこと。何を任せられるようになったかまでは、わかりません。

行政がリスキリングを検討する場でも、同じ区別があります。受講者数でわかるのは、何人が参加したか。
その人たちが、どんな仕事を引き受けられるようになったかは、教室と職場の両方を見なければわかりません。

この議論にCCが持ち込めるのは、実践です。どんな経験を設計してきたか。講師はどんな行動を見てきたか。
その後、企業はどんな変化を感じたか。それらをつなぐことで、研修と、任せられる仕事の広がりとの関係が
見えてきます。


育った力を、使える場所までつくる

2023年に取材したトヨタの鈴木さんは、当時、勤続19年目でした。工場の生産現場でフォークリフトやクレーンを
操作する仕事などを経験し、それまでとは違う仕事にもつながる力を身につけたいと考えていました。

DIGのプログラムではプロダクトマネジメントのコースに進み、チームで、近所の人が情報を共有できる子育て
コミュニティサイトに取り組みました。どんな課題を解決し、どう使ってもらうのかを考える。取材した時点では
プロダクトマネージャーとして働き、ユーザーを中心に考える軸を持って、自分の意見を言えるようになったと
話してくれました。

変わったのは、肩書きだけではありません。自分がどう貢献できるか。その見え方が広がったことが、話から
伝わってきます。

トヨタが活用したのは、Code ChrysalisとVMwareが共同で設計したプログラムです。参加には選抜と上司の承認が
あり、DIGへの異動を伴いました。学びと、その力を使う機会が、組織の中でつながっていました。

学んだ先に、その力を使う仕事があった。

すべての受講者が異動する必要はありません。でも、育てた力をどこで使ってもらうのかは、どの企業にも必要な
問いです。

労働政策研究・研修機構(JILPT)が2024年に実施し、2025年に公表した調査では、回答した従業員300人以上の企業のうち、数年先の事業展開を見据え、そのとき必要になる人材を想定して能力開発を行う方針を選んだのは、
14.2%でした。

CEOにとって、これは研修を選ぶだけの話ではありません。これから、誰にどんな仕事を任せていくかという
話です。

僕自身にも、同じ問いが向きます。自律性を育てようと言いながら、何かを決めるたびに自分の許可を
取らせていないか。前提を疑えと言いながら、自分の前提を疑われると身構えていないか。早めに相談してほしい
と言いながら、完璧に仕上がった提案しか受け取っていないのではないか。

研修と職場が、正反対のことを教えてしまう場合があります。

AIを使った提案が上がってきたときに、重要な前提は何か、何を検証するかを聞く。それは、職場で return を2行上に動かすようなものです。そして、本人が動けるだけの権限を渡す。学びは、そこまで続きます。


研修の話をする前に、話したいこと

企業の皆さんと、プログラムの相談に入る前に話したいことがあります。今、チームがまだ責任を持って引き受けられていない仕事は何か。できるようになったと、何を見て判断するか。その力を、研修後にどこで使うのか。

そこから、仕事に合わせて学びを設計する。研修を選んでから、変化が起きることを期待するのではなく。

顧客の課題を自分で調べられる人。AIが出した提案を吟味できる人。別のチームの指示を待つのではなく、
プロダクトを引き受けて前に進められる人。育てたい力と、それを使う学習体験と、実際に任せる仕事を、つなげる必要があります。

では、解き方を教わっていない問題にも向き合える人は育てられるのか。僕は、育てられると考えています。
答えは、設計の中にあります。何を自分で決め、どんなフィードバックを受け、どんな変化に対応し、最後に何を
引き受けるのか。

10年近く前、Yanと僕は、学び続け、日本の企業の中にソフトウェアをつくる力を残せる、エンジニアリングの
リーダーを育てようとしました。その目的は、最初からありました。AIによって、この問いに向き合う必要のある
仕事の範囲が広がったのであって、目的そのものが変わったわけではありません。

研修が残す価値は、完成したアプリではありません。その先で、自分たちが引き受けられるようになる仕事です。

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