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Code Chrysalisのカリキュラムが大事にしていること

「人生で一番きつかったけど、一番充実していた3カ月でした」

トヨタ自動車の受講者の方が、インタビューでそう話してくださいました(記事はこちら)。

研修中はインストラクターが夢に出てくることもあったそうです。それだけ、この3カ月の経験が強く心に残っているのだと思います。

この言葉が象徴しているのは、単に研修が厳しかったということではありません。自分で考え、試し、失敗し、仲間と協働しながら、それまでできなかったことを自分の力で乗り越えた経験です。「きつかった」と「充実していた」が同じ人の口から出てくるのは、そのためだと私たちは考えています。

私はCode Chrysalis(以下、CC)でカリキュラムを担当するチームの責任者をしています。CCには受講者の記憶に残るほど濃いインストラクターがたくさんいます。正直、私たちの良さの半分はカリキュラムではなく彼らにあると思っていますがその話は別の記事で書くとして、今日はもう半分、カリキュラムの話をしたいと思います。

私たちのカリキュラムは楽ではありません。けれど、難しさや苦しさそのものが目的なのではありません。
私たちは、答えをすぐに渡さず、受講者が自分で考え、試し、乗り越えるための「適切な挑戦」を意図的に設計しています。

この記事では、その挑戦をどう設計しているのか、そして挑戦を乗り越えた先に何を育てたいのかを、CCが大切にしている成人学習の設計思想(アンドラゴジー)という視点からお話しします。


「わかりやすい研修」の落とし穴

「研修はわかりやすいほど良い」。多くの人がそう感じているかもしれません。わかりやすさが大切だという点は私たちも同じ考えです。

丁寧な資料、順序立てた説明、つまずかないように整えられた演習。受講後のアンケートで満足度も高い。

ただ、それだけでは足りないとも思っています。「わかった」と「できる」は別物だからです。説明を聞いて理解した内容は数週間もすれば薄れます。一方、自分で調べ、試し、失敗して、ようやく動いた経験はなかなか消えません。

だとすれば、研修の設計者がやるべきことは「つまずかないようにする」ことではなく、あえて「つまずく場所を選ぶ」ことなのではないか。私たちはそう考えます。

つまり、「つまずく場所を選ぶ」とは、受講者が自分の力で乗り越える課題、いわば「山」を意図的に設計するということです。


山は、どこに置くか

では、その山をどこに・どのくらいの高さで置くのか。私たちがカリキュラム設計で大事にしている考え方を、設計する側の目線と受講者の目線、このふたつの角度から紹介します。

ひとつ目は設計する側の目線、学びの状態を3つのゾーンで捉えるモデルです。

  • ・コンフォートゾーン:すでにできることをやっている状態。安心だけれど成長は起きにくい。
  • ・ラーニングゾーン(ストレッチゾーン):少し背伸びが必要な状態。不安はあるが手は動く。
  • ・パニックゾーン:難しすぎて手が止まる状態。ここでは学びが起こりにくい。
[図1:3つのゾーン]

この整理自体は私たちの発明ではなく、教育や心理学の分野で以前から語られてきた枠組みです。CCでは、このラーニングゾーンをかつて「Magic Zone」と呼んでいました。難しいけれど、手を伸ばせば届く。そんな状態をつくることが、創業時から大切にしてきたことです。

私たちはこれを山の高さを決める基準にしています。低すぎればコンフォートゾーンのままですし、高すぎればパニックゾーンに入ってしまう。だから山はラーニングゾーンに収まる高さに置きます。そして山をひとつ越えたら学んだことを定着させる区間を挟んで、また次の山へ。受講者ができるだけ長くラーニングゾーンに居続けられるよう、山と谷を繰り返し置いています。

基礎を固めた直後に、その基礎だけでは解けない課題を出す。さらに、早く課題を終えた人やもっと挑戦したい人のために、習っていない技術を使わないと完成しない任意のアドバンス問題もたくさん用意しています。ラーニングゾーンの位置は人によって違うので、一人ひとりが自分に合った高さの山を選べるようにしているのです。そうしたアドバンス問題の中でも最難関の問題を、私たちは「ナイトメア」と呼んでいます。名前の通り手ごわい問題ですが、解けたときの手応えが大きく、夢中になって取り組む受講者も少なくありません。

ふたつ目は受講者の目線、その山を登る過程で何を経験してもらうか、です。

私たちが受講者に経験してほしいのは、この一連の流れです。

やってみる → できない → 悔しい → もがく → できた! → 楽しい!

最初の「できない」が本気で悔しいほど、最後の「できた」は深く残ります。そしてこの一連のプロセスを経験した人は、次の山を前にしたとき少しだけ怖くなくなっている。この経験は、技術(ハードスキル)だけでなく、技術以外の力(私たちは「パワースキル」と呼んでいます)が育つための大切な要素のひとつです。

このふたつの目線を重ねると、「できない、悔しい」と感じている時間が、まさにラーニングゾーン。
コンフォートゾーンにいる人はできることしかやっていないので「できない」と感じる場面がありませんし、パニックゾーンに入ってしまった人は「悔しい」を通り越して「もう無理」になってしまう。だからこそ、受講者が「できた!」までたどり着けるちょうどいい高さに山を置くことがカリキュラム設計の肝になります。

ただし、これには条件があります。「できない」と言える場所であること。

わからないと言っても笑われない、失敗を見せても大丈夫、一人で抱え込まず仲間と一緒に挑戦できる。この土台、いわゆる心理的安全性がなければ、人は「できない」を隠してそのままパニックゾーンに入り込んでしまいます。

ここでいう心理的安全性とは、常に居心地がよいことではありません。わからないと言えること、失敗を見せられること、率直なフィードバックを交わし、異なる意見を出せることです。その土台があるからこそ、受講者は失敗を隠さず、適切な挑戦に向き合い、そこから学ぶことができます。だから私たちは、山を設計することと同じくらいその土台を作ることに力を入れています。

たとえば、ペアプログラミングで誰かと相談しながら進めることで「わからない」を一人で抱え込まずに済むようにしたり、試行錯誤を前提に課題を設計することでつまずきも学びの一部として受け止め、失敗を恐れずに挑戦できるようにしたり。振り返りの場で、うまくいったこともいかなかったことも率直に言葉にしてもらうのも、そのための仕掛けです。

そして、もうひとつ欠かせないのがインストラクターの存在です。どの程度の難易度がラーニングゾーンに当たるかは受講者一人ひとりで異なり、カリキュラムだけでそこまでカバーすることは困難です。その一人ひとりの違いに向き合うのが、インストラクターの役割です。

とはいえ、インストラクターは答えを渡して山を低くするわけではありません。受講者の状態を観察し、問いかけやフィードバックを通じて、受講者自身が考え、判断し、前に進めるよう支援します。一方で、学びにつながらない混乱や過度な負荷が続いている場合には介入し、再び学びが起きる状態へ戻します。

カリキュラムで山の高さと位置を設計し、インストラクターは受講者が自分の力で前に進めるよう問いかけ、必要なときには介入する。そして、その土台となる心理的安全性は絶対に崩さない。それが私たちのコース設計です。

[図2:コースの全体像。適切な挑戦を乗り越えるプロセスと、それを支える土台]


山を越えたあとに残るもの

ここまで「山」や「きつさ」の話をしてきましたが、私たちが作りたいのは辛さではありません。設計したいのは、受講者が「自分の力で山を越える」機会です。

受講者は研修中、すべてを理解できていない状態でも何度も先へ進むことになります。それでも手を動かし、人に聞き、仲間と共有しながら少しずつ前に進む。そして最後には、自分たちの力で動くものを作り上げます。

この過程で得られるのは、「すべてがわからなくても、試行錯誤しながら前へ進める」という実感です。その実感は、研修後に新しい課題へ向き合うときの支えになります。そして、この経験を通じて育つのは、技術力だけではありません。


なぜ、コードを書く研修でパワースキルが育つのか

この「自分の力で越えた」経験を設計している大きな目的のひとつは、技術力に加えて、パワースキルを育てることにあります。その変化が一番わかりやすく表れるのが、仕事への向き合い方、つまりマインドセットです。受講後の変化についてご本人や企業の方からよく聞くのも、技術力よりマインドセットの話です。

トヨタ自動車の受講者の方は、以前は「要件を決めてから作る」だったのが「まず作ってユーザーの反応を見る」に変わったと話していました。別の方は、100%の完璧主義から「その時できる完璧を、小さく積み上げる」に変わったと。

こうした変化は、レクチャーで教えたものではありません。そして、単に難しい課題を何度も解いた結果でもありません。「できない → できた」という経験は、その一部を象徴するものです。

答えのない状況で問いを立て、ペアで考え、チームで意見を交わし、フィードバックを受け、振り返り、時には失敗しながら、自分たちで判断して成果を出す。その経験の積み重ねによって、技術力と同時に、仕事を前に進める力が育つと私たちは考えています。

不確実な状況で、調べて、聞いて、決めて、出す。これは技術というより、仕事そのものに必要な力です。一般には「ソフトスキル」と呼ばれる領域ですが、「ソフト」という言葉の柔らかい響きとは裏腹に、実際の仕事を前に進めるのはこの力です。だから私たちは、あえて「パワースキル」と呼んでいます。

与えられた答えを待つのではなく、自ら問いを立てる。一人で抱えずにチームで協働する。完璧を待たずに小さく作って試す。正解がなくても挑戦を続ける。私たちがパワースキルと呼んでいるのは、こうした力のことです。先ほどのマインドセットの変化は、これらの力が育ったことの表れだと考えています。

どれも、教わるだけで身につくタイプの力ではありません。さまざまな相手とのペアプログラミングで自分の考えを言葉にし、チーム開発で意見をぶつけ合い、率直なフィードバックを受け、振り返り、成果を人前で発表し、慣れない技術に挑む。こうした経験を偶然に任せるのではなく、学習体験全体に意図的に組み込んでいます。技術を学ぶ過程そのものがパワースキルを育てる場になっている。CCのブートキャンプは技術教育を通してパワースキルを育てるプログラムなのです。


なぜ、この設計になったのか

CCの原点は、シリコンバレーで発展した実践型のソフトウェア教育と、創業者自身の学習・実務経験にあります。ただ、その型をそのまま日本に持ち込むのではなく、さらに発展させるところからCCは始まりました。

当時の多くのブートキャンプは、短期間で技術力を高め、ソフトウェアエンジニアとして働くためのスキルを身につけることに重点を置いていました。しかしCCは、それだけでは不十分だと考えました。

創業者のKani MunidasaとYan Fanが最初から目指していたのは、短期間で技術知識を詰め込むことでも、単に厳しいブートキャンプをつくることでもなく、技術力に加えて、コミュニケーション、共感、自律性、オーナーシップ、リーダーシップ、レジリエンス、そして「学び方を学ぶ力」を持つソフトウェアエンジニアリング・リーダーを育てることでした。

当時はまだ「パワースキル」という言葉を使っていませんでしたが、現在そう呼んでいる力は、創業時から技術力と切り離せないものとして考えられていました。

そのため、CCの学びは講義中心ではなく、プロジェクトと実践を中心に設計されています。答えをすぐに渡すのではなく、自分で調べ、試し、失敗し、仲間と対話し、フィードバックを受けながら前に進む余白を残します。そうして、受講者がコンフォートゾーンでもパニックゾーンでもなく、前半で紹介したラーニングゾーン(かつての「Magic Zone」)にできるだけ長くいられる環境をつくろうとしています。

繰り返しになりますが、難しさや苦しさそのものに価値があるとは考えていません。大切なのは、失敗や「わからない」を安心して表に出せる環境の中で、受講者自身が考え、決め、行動し、その結果から学ぶことです。

そしてこうした力は、「できない → できた」という経験だけで育つものではありません。ペアプログラミング、チーム開発、振り返り、発表、率直なフィードバック、異なる意見との対話、そして答えを奪わないインストラクターの関わり。そのすべてを一つの学習システムとして組み合わせることで、技術を学ぶ過程そのものが、仕事を前に進める力を育てる場になります。

個々の考え方や手法は、CCが発明したものではありません。しかし、それらを一つの学習システムとして組み合わせ、技術力と人としての力を同時に育て、日本の受講者や企業の環境に合わせながら実践を通じて磨いてきました。これが、CC独自の成人学習の設計思想、つまりアンドラゴジーです。

言葉は創業時から変化してきましたが、目指している方向は変わっていません。研修中にコードを書ける人をつくるだけではなく、研修後も自ら学び、チームで価値を生み出し、組織の中にソフトウェアをつくる力を残せる人を育てること。

その思想が、現在の「Make Japan a software leader」というビジョンと、「Transform how Japan builds software」というミッションにつながっています。


最後に

「人生で一番きつかったけど、一番充実していた3カ月でした」。冒頭で紹介したこの言葉は、自分の力で山を越えた人だからこそ出てくるものだと思っています。

そして研修が終われば、次の山は現場にあります。正解のない課題、触ったことのない技術、先の見えないプロジェクト。研修で山を越えた経験は、そこで次の山に向き合う力になるはずです。

その力を一人でも多くの受講者に、そして組織に持ち帰ってもらえるよう、私たちはこれからもカリキュラムを磨き続けます。

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