会議で「何か質問はありますか?」と聞かれて、シーンと静まり返る。
これ、アメリカだったら結構気まずい空気になると思う。誰も手を挙げないまま数秒が過ぎると、司会者が焦って別の話題に移るか、誰かが無理やり質問をひねり出す。でも日本では、この沈黙がまったく気まずくない。むしろ自然なことだ。
日本に住んで20年。CCでプログラムマネージャーとしてクラスの様子を見てきて、この「沈黙への耐性」を何度も目にしてきた。
私が感じている理由のひとつは、「出る杭は打たれる」という感覚だ。分かっていないと思われたくない。周りと違う動きをしたくない。だから、聞きたいことがあっても聞かない。
正直、これは日本だけの話でもないと思う。私自身、決められたルールや期待値がある方が安心するタイプだ。「正解」が用意されている方が楽だし、そこから外れるのは怖い。だから、生徒たちが黙り込む気持ちを他人事として見ているわけじゃない。
CCに入って最初に聞いた言葉のひとつが、CEOのKaniがよく口にする「Be comfortable being uncomfortable」(心地よい不快感に慣れる)という言葉だった。この一言がすごく好きだ。快適な場所にとどまっている限り、成長は起きない。
だからCCのコースでは、あえて「今さらですが」の質問タイムを作っている。「今さらこんなこと聞いていいのかな」と思うようなことを、あえて聞いていい時間だ。最初は誰も手を挙げない。
でも回を重ねるうちに、少しずつ質問が出るようになる。
そこで起きる変化が面白い。
質問できるようになった生徒は、単に情報を得ているだけじゃない。「わからないことを、わからないと言っていい」と体で覚えていく。自分で調べる力や、筋道立てて考える力も育っていく。
大人になってから本気で新しいことに挑戦し、わからないことだらけの状態に自分を置く機会は、実はそれほど多くない。子どもの頃は毎日それをやっていたのに、社会人になると「できること」だけをやる方が安全で、楽だ。
CCが提供しているのは技術だけじゃない。その「わからないなりに手を挙げてみる」経験そのものなんだと思う。
これを「アメリカ的」だと言う人もいるかもしれない。でも私はそうは思わない。
空気を読む力も、周りへの配慮も、そのままでいい。ただ、わからないときに一瞬だけ手を挙げる。
その一瞬があるかないかで、エンジニアとしての伸び方はまったく変わってくる。自走力を持った新しいタイプの日本のエンジニアの姿は、たぶんこういうものなんだと思う。
似たようなことで悩んでいるなら、一度手を挙げてみてください。
コードクリサリスで、ぜひお話ししましょう。
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